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東京高等裁判所 平成10年(ネ)5646号 判決 1999年5月27日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

二  被控訴人

控訴棄却

第二  事案の概要

一  本件は、被控訴人が、控訴人の経営にかかるゴルフクラブに保証金として三三〇万円を預託して入会した会員から会員資格の譲渡を受け、保証金の据置期間の経過後に退会したとして、右保証金三三〇万円の返還を求めた事案である。原判決は、被控訴人の請求を認容したので、これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。

二  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

原判決は、現在の経済不況が、本件ゴルフクラブの会則九条が保証金返還の据置期間を延長することができる場合として定める「天災地変その他クラブの運営上、やむを得ない事由があるとき」に当たらないとして、控訴人のした延長決議の効力を否定した。

しかしながら、原判決は、現在の深刻な経済不況、この不況による会員権相場の値崩れや金融の引き上げ等によって、預託金制ゴルフ場の経営会社が壊滅的な状況にあることを理解していない。確かに、通常の経済不況であれば、天災地変に準ずるようなやむを得ない事由があるということはできないが、現在の経済不況は、単なる経済変動ではなく、控訴人が経営上予想することができなかったものであり、また、予想すべきものでもなかったのであるから、本件ゴルフクラブの会則九条の「クラブの運営上、やむを得ない事由があるとき」に当たるものというべきである。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所も、被控訴人の請求は理由あるものと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の理由記載と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張について)

控訴人は、現在の不況が、控訴人の予想することができず、かつ、予想すべきものでもなかった激甚な経済不況であると主張する。

しかし、現在の経済不況は、我が国経済の根幹的な秩序等までも破壊したというようなものではなく、現に、健全で真摯な経営努力をした多くの企業や金融機関は、平常の営業活動等をしている。国際的にみても、我が国が債務超過国や支払停止状態になったわけではもちろんない。景気の好転は、その程度や時期を別にすれば、必ずや到来するものである。また、経済の変動には、上限や下限があるものではなく、現在の経済不況は、戦後最大の経済不況ではあるものの、我が国に生じた経済不況の最大のものでもない。経済の変動は、確かに、回顧的にみれば、一定の法則性ないし傾向をみることはできるものの、将来の経済変動を的確に予測することは極めて困難である。経済人が将来の経済変動をどのように予想するか又は予想しないかは、当該経済人の自由な判断に任され、その結果も、当該経済人の責任に帰されるべきものである。したがって、控訴人が現在の経済不況、具体的にはゴルフクラブの会員権相場の大幅な値崩れを予想することができたか否かは、控訴人が過去に締結した契約に基づいて負担している金銭債務の内容に何ら消長を及ぼすものではない。

控訴人が退会を希望する多数の会員に対しその保証金返還債務を履行することが経営上できなくなったというのであれば、会員を含む全債権者の同意と協力のもとに据置期間を延長するか、法の定める会社更生手続や和議手続等を申し立てるなどの法的手続をとるべきである。そうした法的手続がとられれば、会員を含む債権者が手続に参加する機会が与えられると共に、控訴人と債権者の双方の立場に配慮した十分な利害調整が行われるのであり、そのような公正な手続と利害調整を経たうえであれば、債権者に対しその利益を制限する一定の措置を強制することも許されよう。そのような手続をとらず、債権者の手続関与と利害調整を経ずに、債務の弁済期の一方的な延長といった契約法理に背馳した手段をとることを是認することはできない。

そうすると、現在の経済不況をもって本件ゴルフクラブの会則九条にいう「クラブの運営上、やむを得ない事由があるとき」に当たるとする控訴人の主張は採用することができない。

二  したがって、控訴人の請求を理由あるものとして認容した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 塚原朋一 菊池洋一)

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